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초록
21世紀に入って日本の象徴天皇制はもう一度の変化に直面しているように見える。明仁天皇の即位以後、平成時代 の天皇制は「開かれた皇室」を追求して来ており、それは大多数の国民の支持を得ながら定着しているといえる。しか し、こうした「開かれた皇室」に対する批判は、既に90年代から右派の中から出ており、それは2000年代に入って皇太 子と皇太子妃をめぐる「新しい皇室像」の追求に対する批判へとつながっている。こうしたなかで皇太子の「人格否定」 発言が波紋を呼び起こし、「女性天皇」を容認せよとの国民的な世論が形成され、2005年には皇室典範を改正するた めの「有職者会議」が発足された。 こうした動きのなかで、「開かれた皇室」を批判する右派の中から女性天皇を容認するのは「万世一系」の皇統を否 定することになると厳しく反発し、国論の分裂をもたらすような状態が予想されたが、2006年2月の紀子妃の懐妊の発表で 混乱の招来することなく鎮定局面にはいった。そして同年の9月の男児の誕生は一応「皇位継承」をめぐる危機を免れた かのようにみえるが、問題はここで終わっていない。もっと長期的にみれば、「皇位継承」の問題は依然として安定してお らず、いずれ論議を呼び起こす可能性は充分ある。 本稿では、こうした事情を踏まえて、2000年代に入って展開された女性天皇をめぐる議論をまず世論の動向から検討 し、それを背景として展開される容認論と反対論のそれぞれの特徴は何であり、またその問題点は何であるかを検討するこ とによって、今後の象徴天皇制の行方を展望している。結論的にいえは、2000年代に入って女性天皇の反対論を積極 的に展開する論理は、天皇制の伝統的な要素を強調し、それを絶対的に守ろうとしており、それは、21世紀の天皇制が 戦前とは異る形で国民統合の核として期待していることを物語っているということができるだろう。